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LanikaiSandsのブログ

たいして興味もないことについて語っています

SMAP解散に寄せての雑感

私自身は格別興味もなかったが、昨晩の特番をもってSMAPは活動を休止したのだという。

SMAPの元マネージャーと、同族経営である事務所とのゴタゴタから5人の確執が顕現したと聞く。一連のゴタゴタで散々世間を騒がせた、その責任をSMAPメンバーがテレビで謝罪するという異常事態に、大いに違和感あったのを覚えている。いわゆる一般の企業ならば、社員が起こした不祥事の責任は社長が取る。社長が直接関わっていなったとしても、組織を統括する長が組織の不手際を謝罪するのは、コンプライアンス的な視点からしてもごく当然な対応である。ならば事務所社長がであるジャニー喜多川氏はなぜ謝罪しないのか。社長の姉メリー氏の娘でありやはり経営幹部である藤島ジュリー氏が一連のゴタゴタに関わっているとの噂に、同族経営らしい自己保身が働いたのだと当初は考えていたのだが、どうやらそれだけではないのでないか、と思うようになった。

おそらくジャニー氏は、彼が謝罪することでジャニーズというブランド全体が毀損することを恐れていたのではないか。ジャニーズのトップが謝罪する、ということは、事務所の他のアイドル達もまたなんらかの形で面目を失うことになる。V6やTOKIO、嵐といった大ベテランたちならば多少のトラブルがあっても揺るぐことはないだろうが、これから売り出そうとする若手たちにとって、ジャニーズの看板が汚れることは大きなデメリットとなろう。アイドルたちを強力に支持する熱狂的なファンがいることは知られているし、ジャニーズの威光が業界隅々にまで行き渡っていることは疑う余地もないが、それでもライバル会社の猛追をノーリスクと判断するまでにはいかないのだろう。

ジャニー氏は、SMAPを切り捨てることでジャニーズ事務所のブランドを守ろうとした。アイドルになんら興味のない人々はともかく、ファンたちが思い描く清く楽しく美しい世界を汚さないようにした。そう考えると、一連の騒ぎに事務所が全く顔を見せない理由にも納得がいく。ディズニーランドのブランディングにも共通するものがある。

それにしても残念なのは解散すると決めたメンバーたちに復活をせまる一部のファンたちの行動だろう。例えるなら、死んだ人間の心臓に電気ショックを与えて賦活させるようなものである。電気ショックをがどのようなタイミングで行われるのか、具体的にはよくわからないが、ファンたちの行動は亡くなった人間の心臓を無理やり動かそうとするのに似ている。死ぬ、蘇生する、でも死ぬ、そこを無理やり蘇生する。どこまで繰り返すことができるのだろうか。ともかくも死者にとっては迷惑な話である。

その一方で、突然の解散に納得ができないファンの気持ちもよくわかる。円満な解散ならばともかくも、散々世間を騒がせ、ファンを心配させての解散である。納得できないあまり、想いを解散反対の署名にぶつけたり、CDシングルを買い占めたりする気持ちもそれなりに理解できる。ただ、死者が死にたいと言っているのならば無理やり賦活させるのは死者にとっても迷惑だろう。病死ならば病巣を取り除き、事故死ならば患部を止血・縫合し、あるいは人口臓器に置換し、老衰ならば・・・老衰だとどうするんだっけ。テロメア長くするとか、まあそんな感じでいろいろ手当てしてから賦活させるならばまだしも死んだ状態そのままに生き返らせようというのはあまりに酷なはなしだ。

ファンたちには歪んだ愛情に走る前に、これは「失恋」なのだと納得してもらうしかない。散々泣いて、ヤケ喰いして、深夜の酒場でうさをはらすくらいしか、このゴタゴタに(個人として)決着をつける方法はないのだ。あるいは他の恋人を見つけるとか、仕事に打ち込むとか、そんな感じ。

だがそれでもモヤモヤとするのは、やはりジャニーズ事務所とテレビ業界の爛れた関係だろう。だが、この爛れた関係は、なにもジャニーズ事務所だけの話ではない。広告代理店とテレビ業界、レプロ(能年玲奈(現在は「のん」として活動中)を事実上活動停止とするよう業界に圧力をかけたことで知られる)とテレビ業界、あらゆる部分が爛れていて正直もうどうにもならない。

若者の○○離れが騒がれて久しい昨今、若者が(我々テレビに興味のない世代共々)ごっそりとテレビから離れれば多少のダメージになるのだろうか。最近の芸能界はライブ動員も収益源になりうるというから、テレビを見ないくらいでは大したことがないのだろうか。